事例7:二重負担相続を解決

資産税に強い税理士から同行を依頼される

ある知り合いの税理士さんから相続案件の納税にかかわる仕事があるので、クライアント先に同行して欲しいと依頼がありました。
税理士さんはこのクライアントの確定申告業務を行っているのではなく、資産税に強いということで、相続申告の依頼があったようです。
私は初回の打ち合わせから同行いたしました。

挨拶もそこそこに話は進んで行きます。
財産は○○他○○件の土地、現金○○円、相続税評価額は○○○円、相続税は○○円ぐらいと相続人である長男からどんどん説明がなされ、話が進んでいきました。
「まてよ!この人はここまで相続税関係に詳しいのであれば、確定申告してもらっている税理士さんに何故申告してもらわないのかな?」と疑問が湧き上がってきました。

財産明細は以下のとおりです。

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ご覧のとおり、それほど複雑な財産状況ではありません。
資産が4億7,000万円(自宅を小規模宅地で軽減すると4億4,000万円)、負債が2,000万円であれば、2次相続で、配偶者の繰延(軽減)がないことから、子供2人で相続し、約1億円の相続税がかかります。

  4億4,000万円 - 2,000万円 = 4億2,000万円
  4億2,000万円 × 25% = 1億500万円・・・相続税

特に資産税に強い税理士さんに申告を依頼しくても良さそうなものなのに?!
なぜ私に依頼があったのか、と疑問が膨らむばかりです!

長男と被相続人の関係や全体的な財産の現状について話が進むにつれ、だいぶ理解が出来るようになってきました。

  • 自宅は借入金2,000万円の担保(抵当権)に入っています。
  • 約1.000m²の土地は長男に固定資産税+アルファ程度の安い賃料で貸し付けています。建物は長男が借り入れをして10年前に共同住宅を建築し賃貸しています。建物は長男の借入金(4億円)による抵当権が設定されていますが、土地についても同じ金融機関が被相続人を保証人として人為的担保をとり、尚且つ抵当権を設定しています。
  • 貸宅地には抵当権等の担保設定は為されていません。しかし借地人が組合等に加入し、賃料は供託されている状況です。
  • 貸付金は土地の賃料として長男から受領した金銭から、固定資産税等を支払った残額を蓄えて、長男の賃貸住宅経営の運転資金として、貸し付けてきましたが、回収は困難な状況です。
  • 長男が共同住宅として使用する土地は従前に借地人があり、この権利の整理等にかかった借入金2,000万円が残っていました。

さて、本題ですが・・・この相続における問題点は、資産として評価できる財産は2,000万円の担保が入っている1億円の自宅(敷地・建物)と評価額4,000万円の貸宅地です。長男への貸付金や長男が使用する土地は実態があって無いような財産であることから、非常に難しい相続となります。 案の定、話しを伺うと、形式上貸付金となっているものの実態は回収不可能な金銭です。また、土地についても、長男の借入金の残債が約4億円あり、金融機関の担保評価が土地建物合わせて4億円前後であることから、これも担保権が実行された場合には無くなる可能性大の財産であり、相続評価上では資産の扱いになりますが実質的には資産とは言いにくい財産です。

分割の問題

ここで長男と次男が揉めたのは言うまでもありません。実質的な財産は自宅と貸宅地であることから、最終的に次男が2,000万円の借入金と自宅(土地・建物)及び貸宅地を相続し、長男が自分に対する貸付金と自分が所有する賃貸マンションとして使用している土地を相続することで、合意しました(金融機関の要望あり)。

納税の問題

次男は課税評価額1億2,000万円(資産1億4,000万円+負債2,000万円)の相続をし、貸宅地売却をして約2,300万円の相続税を納めることが出来ました。さらに売却残金で、借入金全額を返済することが出来ました。
長男は、評価は2億8,000万円の土地と5,000万円の貸付金を相続することになり、これに8,250万円の相続税がかかってきました。納税について金銭納付・延納・物納全て検討しましたが、現状の財産形態では難しいため、評価2億8,000万円の土地について、底地を物納するということで、国と交渉をしています。物納の場合、抵当権の解除が条件となりますので、金融機関との交渉が必要となります。

  2億8,000万円 × (1-0.7)= 8,400万円

但し、収納された場合は、国に土地の賃借料を年額300万円(25万円/月)支払うことになります。

比較対照として被相続人本人が建物を建てていた場合はどうなっていたでしょうか。

  • 自宅評価1億円(土地・建物) → 1億円
  • 貸宅地 4,000万円        → 4,000万円
  • 土地評価(2億8,000万円)   → 2億2,120万円(貸家建付地)
  • 建物評価 なし        → 4億4,000万円
  • 貸付金 5,000万円      → なし
  • 借入金▲ 2,000万円     → ▲2,000万円
  • 建築借入金 なし       → ▲4億円 

  資産: 1億円 + 4,000万円 + 2億2,120万円 + 1億4,000万円 = 5億120万円
  負債: 2,000万円 + 4億円 = 4億2,000万円
  相続税: 88万円

※ 本人が借入をして建築すればこの借入金は負債として債務控除が可能となり、結果的に相続税は少なくなります。

4つの問題が台頭し、相続人に負担を強いる

では、どうしてこのような形の相続が起こるのか検証してみましょう。

  1. 親の土地を借りて子が収益財産を建てて所有する形態は、子が収益を蓄えて相続に備えることを想定しているものと思われ、収益を次世代へ移すという意味では、一つの相続対策といえるでしょう。しかし、この収益部分の建物建築を借り入れでなすことは、大きなリスクを伴います。特に賃料の値下げや空室といった直接的賃料収入減少の問題や建物の修繕や償却といった経費の問題は借り入れをして建築している場合、非常に大きな負担となってのしかかってきます。さらに金融機関への返済元本は経費参入が出来ないので、税引き後の残った金銭で返済しなければならないのです。収益部分を相続人に移すという対策であれば、金融機関への返済後相当額のキャッシュフローを生むというプランか、余剰キャッシュによって相続人を被保険者とする保険に加入できるぐらいの余裕がないと、失敗は目に見えています。(収支の問題)
  2. また、評価の面についての問題もあります。金融機関から子が建物の融資を受ける場合には、土地所有者(親)が保証人となるか土地の担保提供が条件となります。この状態で土地所有者に相続が発生した場合、担保が付着した土地であろうと、借入金の保証人であろうとも一切の債務控除を受けることはできません。金融機関は借入人本人に返済の問題や担保力の問題があっても、保証人と合わせて回収が出来れば問題ないと考えています。実際にはこの状態の土地所有者(親)の相続人は負担を負っているのと同じ状況であることから、借入債務は本来、相続税評価上の債務として扱われるべき財産であると思われます。(保証債務の問題)
  3. 通常、このような形態でつくられる建物と敷地との関係では、収益を次世代に移す目的で建築をするのですから、相続人は固定資産税程度の安い賃料を支払う形で土地を借りていることが多いようです。この場合、土地の評価は使用貸借といって、権利等の控除がない更地状態の評価がされます。実際には建物所有者以外は使用収益がない財産であっても、高い評価がされる財産となるのです。(相続税評価の問題)
  4. なお、土地を安く借りていても事業収支が思わしくなく、借入金の返済や生活資金のために親が子へ金銭を貸与していることもありますが、親族間貸し付けであっても相続においては、貸付金ということで資産として評価されます。(貸付金の問題)

二重負担相続から逃れるためには

その後の長男は、如何なったでしょうか?相続後の長男の収支状況は以下のようになりました。

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※賃料収入から経費(支出)を差し引き後に借入金の返済にあてることになりますが、
3,072万円 - 1,207万円 ― 2,620万円 = ▲755万円
これでは生活費はおろか借入金も利息分を支払うのが精一杯であり、近い将来破産することは目に見えています。

このケースは、他の相続人(兄弟)に財産を残せたからまだ良い方であり、実際には相続財産より担保評価が下回り、何も残せない場合や、債務超過により相続を放棄または限定承認した方がいいような場合も数多くあります。既に相続発生後3カ月が経過していて、相続放棄の手続きができないで悩んでいる相続人も多く存在します。
また、親子間の貸借だけでなく、子等が法人を設立して賃貸マンション等を借入金で建築しているケースも多く見られますが、これも親子間の貸借と同じように相続時に大きな負担が発生しますので、事前の財産診断が必要であると思われます。
私は、このように相続が発生すると負担が二重(相続税納税と借入金返済)になる相続を"二重負担相続"と言っています。相続後に状態がわかっても、手遅れとなりますので、相続前にご自身の財産状態を見直すことをぜひお勧めいたします。

最後に

申告期日がきて、相続人全員と依頼があった税理士さんと相続税の申告書、物納申請書を携えて税務署へ向かいました。その途中でこれまで疑問であった「どうして当社へ依頼したか」ということについて、税理士さんに尋ねてみました。税理士さんは、
「第1点は評価の問題よりも納税についてどうするか?特に金融機関との交渉事や底地物納という非常に難しい業務が発生することが予想されたので、それらの経験が豊富なコンサルティング会社であるということで選んだ。」
「第2点は相続後明らかに先が見えた(破綻)状況を金融機関等と交渉し解決してくれる可能性があると考えた。」
「また相続人もこれらを意識して、資産税に強い税理士である私を選択した」
と回答してくれました。

税理士から、「相続税申告までが自分の仕事の範囲というわけではなく、納税問題やその後に優良な資産として相続できたというように、相続人から喜んでもらえることが自分の仕事である。そのためのブレーンとして弊社が存在するのだ」と大変ありがたいお言葉も頂戴しました。
私の責任はこれからだと認識を新たにしています。長男の相続財産再生のため、今後金融機関等と交渉を重ね、法人設立や再生ファンドを活用して、近い将来必ずや優良資産に再生できるよう期待に応えなければならないと意欲を燃やしています。

二重負担相続の構図

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